■NHKの思いつき!? どん底の低迷期を救った「元日・国立」の誕生秘話
だがメキシコオリンピック後、日本のサッカーは長期の低迷期に入り、JSLの人気も急速に低下、テレビ放映は減っていった。この時期、日本全国で楽しまれたサッカー中継は、元日の天皇杯決勝(1969年元日~)と、1977年に会場を関西から首都圏に移して日本テレビの看板番組のひとつとなった全国高校選手権だった。
天皇杯決勝戦を元日に国立競技場で開催するという「伝統」は、NHKの「思いつき」から始まった。1967年の秋、NHKの運動部は元日にスポーツの生中継ができないかと模索していた。当時の元日のテレビ放送は大半が年末のうちに収録されていたもので、「初春の息吹」を伝える番組として、スポーツの生中継を考えたのだ。
そこで浮上したのが「ブーム」の時期にあったサッカーだった。当時の天皇杯は1月中旬に集中開催で行われていた。1968年1月14日には、国立競技場で第47回大会の決勝が行われる予定だった。NHKは「NHK杯元日サッカー」を企画、「日本リーグ王者×学生王者」の試合を実現させた。試合は1-0で日本リーグ優勝の東洋工業が全日本大学選手権優勝の関西大学を下したが、非常に好評だった。
そこで日本サッカー協会は「では天皇杯を元日に」と、翌年から「全国生放送付き」の「NHK杯」を乗っ取る形で「元日決勝」を始めてしまったのである。現在も、天皇杯の表彰式では天皇杯授与の前にさまざまな優勝カップが渡されるが、その筆頭がNHK杯なのは、当然と言えば当然なのである。




























