■代表遠征のたびに「打ち上げ」参加も…

 こうして、長沼監督や岡野俊一郎コーチ、平木隆三コーチとも顔見知りとなることができましたし、読売サッカークラブで練習している頃には特別コーチとしてやって来た平木さんの指導を受けることもできました。

 その後も、歴代の代表監督とは顔見知りとなり、森孝慈監督や岡田武史監督が、遠征に向かう飛行機を待っている空港の片隅で次戦に向けてのプランや戦術を事細かく語ってくれたことも記憶に残っています。「だからなぁ、後藤、そこのところはこうしてやれば……」と、何か自分で戦術を再確認しているような話し方でした。

 そんな歴代の指導者たちが、親しく話してくれたりするものですから(1980年代頃には代表の遠征のたびに打ち上げの飲み会に参加していたものです)、日本代表が弱かった頃も日本代表の応援から離れられなかったのかもしれません。

 長沼さんに議論を吹っ掛けていた頃から、もう60年もの時が経過してしまいました。そして、今も僕は『サッカー批評』のコラムなどを通じて、森保一監督に議論を吹っ掛けているわけです……。

  1. 1
  2. 2
  3. 3