蹴球放浪家・後藤健生は、今回のワールドカップでもサッカー日本代表とともに北中米の地を歩き回る。長らく日本サッカー界の最前線を見つめてきたその裏には、歴代の代表監督たちとの熱く、そして泥臭い交流があった。高校時代に長沼健監督を質問攻めにした若き日のエピソードから、岡田武史監督との空港でのサッカー談義まで。現在も森保一監督に対して愛のある「議論を吹っ掛ける」深い理由がここにある。
■謎の記者は「初W杯アジア予選」のGK
後から調べて分かったのですが、その人は村岡博人さんという元日本代表のGKで、日本が初めてワールドカップにエントリーした1954年スイス大会アジア予選の韓国戦の第1戦(史上初の雪中の日韓戦=長沼健選手が先制するも1対5で大敗)に出場した人物だったのです。
なお、村岡さんはその後、共同通信社の運動部や政治部記者として活躍。当時、発刊されたばかりの『サッカーマガジン』にも寄稿していましたし、『これがサッカーだ』というご自身の本も出版。ハンガリーのコーチ、チャナディ・アルパドが書いた『チャナディのサッカー』も翻訳していました。有名人だったのです。
というわけで、僕はサッカーを始めたばっかりのときに、偶然通りかかった元日本代表選手からコーチを受けることになったのでした。
なにしろ、それまでちゃんとしたコーチに習ったことなどなかったのですから、そんな人に教わったら進歩するのは当然のことでしょう。


















