後藤健生の「蹴球放浪記」第320回「日本代表が示した漢気」の巻(2)空港の片隅で戦術を語った岡田監督、メキシコ五輪の長沼監督を質問攻めに!の画像
ワールドカップ2大会で指揮を執った岡田武史氏も、空港で記者と話し込む時代があった。撮影/中地拓也

 蹴球放浪家・後藤健生は、今回のワールドカップでもサッカー日本代表とともに北中米の地を歩き回る。長らく日本サッカー界の最前線を見つめてきたその裏には、歴代の代表監督たちとの熱く、そして泥臭い交流があった。高校時代に長沼健監督を質問攻めにした若き日のエピソードから、岡田武史監督との空港でのサッカー談義まで。現在も森保一監督に対して愛のある「議論を吹っ掛ける」深い理由がここにある。

■謎の記者は「初W杯アジア予選」のGK

 後から調べて分かったのですが、その人は村岡博人さんという元日本代表のGKで、日本が初めてワールドカップにエントリーした1954年スイス大会アジア予選の韓国戦の第1戦(史上初の雪中の日韓戦=長沼健選手が先制するも1対5で大敗)に出場した人物だったのです。

 なお、村岡さんはその後、共同通信社の運動部や政治部記者として活躍。当時、発刊されたばかりの『サッカーマガジン』にも寄稿していましたし、『これがサッカーだ』というご自身の本も出版。ハンガリーのコーチ、チャナディ・アルパドが書いた『チャナディのサッカー』も翻訳していました。有名人だったのです。

 というわけで、僕はサッカーを始めたばっかりのときに、偶然通りかかった元日本代表選手からコーチを受けることになったのでした。

 なにしろ、それまでちゃんとしたコーチに習ったことなどなかったのですから、そんな人に教わったら進歩するのは当然のことでしょう。

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