■増えていった「代表クラス」の知り合い

“代表クラス”の知り合いは増えていきました。

 僕が高校生になった1968年にメキシコ・オリンピックが開かれました。そして、日本代表がメキシコに向けて出発する前に、当時の日本蹴球協会が設けていた「サッカー友の会」のメンバーが出席できる壮行会が池袋で行われました。

 そこで、僕は監督だった長沼健さんにいろいろ質問をぶつけたのです。そうしたら長沼さんは「どこの馬の骨だか分からない」高校生のしつこい質問攻めにも嫌な顔もせずに丁寧に答えてくれました。

 それに味をしめた僕は、その後、日本代表の練習を見学に行ったりすると、図々しくも長沼さんをつかまえて議論を吹っ掛けたものでした。そして、長沼さんも僕の顔を覚えてくれて、いつも丁寧に話を聞かせてくれたのでした(その後、僕がサッカーを職業にしてからも、長沼さんは最後まで僕のことを信用してくれてインタビューなどに付き合ってくれました)。

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