大住良之の「この世界のコーナーエリアから」第189回「アメリカ・サッカー小史(下)」(5)悲劇を生んだオウンゴールから30年、「世界のトップ10」を狙う超大国の野望の画像
クリスチャン・プリシッチ(左)ら、欧州の名門クラブで活躍する選手を多数輩出。アメリカには世界トップ10に食い込むポテンシャルがある。代表撮影:雑誌協会/松本輝一

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、気になるワールドカップ開催国のサッカーについての続編。

■初のW杯は全敗

 FIFAはこの事件を重視し、6月30日、すなわち理事会で1994年ワールドカップのアメリカ開催を決定する1週間前、4月までさかのぼり、以後2年間のメキシコのあらゆる代表チームをFIFAが公認する国際大会から追放という重い処分を決めたのである。

 この決定について、あまりに重いのではないかという意見も多かった。メキシコは1990年ワールドカップ・イタリア大会の北中米カリブ海予選に出場できず、アメリカはコスタリカに次ぎ2位を占めて実に40年ぶりのワールドカップ出場を果たす。「自国開催のワールドカップを前に、アメリカをイタリア大会に出場させなければならない」という判断が、「重すぎる処分」を生んだのだと主張する人は今でも少なくない。

 1990年イタリア大会、アメリカ代表は40年ぶりのワールドカップの舞台に立つ。そしてチェコスロバキアに1-5、イタリアに0-1、オーストリアに1-2と3連敗に終わり、グループ4位でイタリアを後にすることになる。

 ハンガリー生まれのドイツ系アメリカ人であるボブ・ガンスラー監督(1967年にUSAの「シカゴ・マスタングス」でDFとしてプレーした経験を持つ)が率いたアメリカ代表は、大半が国内のセミプロリーグの選手で、欧州のクラブでプレーする選手は22人中わずか4人。それもすべて下部リーグの選手だった。

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