後藤健生の「蹴球放浪記」第314回「日本と中東をつなぐサッカーの力」(2)オフトジャパンUAE遠征で「初中東」を経験、JFAから「お祈りの時間は応援中止」の要請もの画像
ドーハでのアジア最終予選のADカード。提供/後藤健生

 蹴球放浪家・後藤健生は世界中を飛び回ってきた。かつては行くことなどないだろうと思っていた国にも、今では頻繁に足を踏み入れる。国境を超えるサッカーの力のおかげだ。

■変貌していく中東

 1973年10月にはエジプト・シリア軍がイスラエルに対して攻撃を開始して第4次中東戦争が始まり、結果としてエジプト側を支持する中東産油国が石油生産を削減。原油価格が高騰して世界の経済に大打撃を与えました。

 それ以来、日本でも中東に関するニュースが一挙に増えました。

 その後、中東産油国は価格が高騰した原油の輸出によって巨額の利益を得るようになり、砂漠の中の田舎町だったリヤド(サウジアラビア)やドバイ、アブダビ(UAE)、ドーハ(カタール)は巨大なビルが立ち並ぶ近未来的な都市に変貌するわけです。

 また、各国は独裁国家ですから、国民に対して娯楽を提供するために、あるいは国威発揚のためにサッカー強化に資金を投入することになりました。

 そして、とうとう、僕も「一生、行くことはない」はずの中東地域に通う羽目に陥ったのです。

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