【サッカー今日は何の日?4月25日】「トータルフットボール」の体現者は監督としてFCバルセロナを再建!世界に衝撃を与えたブラジル戦のジャンピングボレーを見逃すな!の画像
選手としても監督としても偉大な足跡を残した「フライング・ダッチマン」

1993年の5月15日にJリーグが開幕し、同年の10月28日に『ドーハの悲劇』、そして1997年11月16日の『ジョホールバルの歓喜』を経て、初めてワールドカップ出場を果たした日本サッカー界。このシリーズ連載では、時に人々を歓喜させ、時に人々を悲嘆させた、日本サッカーの歴史を紐解きながら、サッカーに関連する「今日の出来事」を紹介する。

 4月25日は1970年代に活躍した世界サッカー史上に残るオランダ人の名選手ヨハン・クライフの誕生日。1947年生まれで少年時代は野球とサッカーに打ち込むが、16歳でオランダの名門、アヤックスとプロ契約。名監督リヌス・ミケルス(1928年2月9日ー2005年3月3日)の薫陶を受けて10代から国内リーグや国際舞台で活躍した。アヤックスの一員として国内リーグで合計8回優勝、1970ー71シーズンからUEFAチャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグ)で3連覇の偉業を成し遂げた。

 1974年のワールドカップ西ドイツ大会でオランダ代表の主将として準優勝。「空飛ぶオランダ人」の異名通り、選手が縦横無尽にポジションを変える前衛的な戦術で旋風を起こした。とりわけ、2次リーグのブラジル戦で決めたゴールは強烈な印象を残した。

 日本にはワシントン・ディプロマッツ(北米サッカーリーグ)の一員として1980年に来日。引退後はFCバルセロナ(スペイン)の監督として「ドリームチーム」を作り上げた。1992年にはUEFAチャンピオンズカップを制したバルセロナを率いて南米王者のサンパウロFCと対戦するために日本で開催された「トヨタカップ」(インターコンチネンタルカップ)に臨んだ(1-2の敗戦)。

 2016年3月24日に68歳で亡くなった。 

 

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