■ファルカン監督「解任」との大きな違い

 としても、協会としてはかなり思い切った決断だったはずだ。

「思い切った」というのは、まず、曲がりなりにも「アジアカップ優勝」という結果を出した直後の決断だったことだ。結果を出した監督を更迭するのだから、当然、異論が出てもおかしくはない(もっとも、メディアからは“異論”も聞こえてこないのだが……)。

 遠い昔のことだが、1993年にハンス・オフト監督の日本代表が「ドーハの悲劇」によってアメリカ・ワールドカップ予選突破を阻まれ、オフト監督が退任した後、日本サッカー協会の川淵三郎強化委員長は「次は修羅場を経験した人」という触れ込みで元ブラジル代表のファルカンを監督の座に据えた。

 しかし、そのファルカン監督のピッチ内外での言動に不満を持った川淵委員長はファルカン更迭を模索する。そして、1994年の広島アジア大会を前に「ベスト4」というノルマを課し、日本代表が準々決勝で韓国に敗れたことで更迭に踏み切った。しかも、解任理由は「指導力不足」ではなく「コミュニケーション不足」(つまり言語障壁)という曖昧なものだった。

 それから30年が経過し、ニールセン監督の更迭に当たっては、「成績」というノルマが課されたわけでもなく、アジアカップ優勝の直後に発表。しかも、解任理由として「指導に甘さがあった」と明確に指摘された。

 ファルカン解任当時と比べれば、日本協会の毅然とした態度が際立つだろう。

つづく

 

(2)へ続く
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