■残り数十秒の決勝戦「スタンドに蹴り込め!」
「スタンドに蹴り込め!」
何人ものチームメートがそう叫んだ。ワールドカップ1966年イングランド大会決勝戦、イングランド×西ドイツ。延長戦終盤、残り時間はもう数十秒しかなかった。
3-2の1点リードで迎えたイングランド。西ドイツが最後の猛攻をかけるが、ペナルティーエリアに蹴り込んだボールを、イングランドのキャプテンでCBとして卓越したプレーを見せてきたボビー・ムーアがペナルティースポットあたりで胸で止めると、左タッチライン沿いに下がっていたFWロジャー・ハントに短く渡し、エリア左外でリターンを受ける。
スイス人主審のゴットフリート・ディーンストが左手の手のひらを開き、持っていたストップウォッチをちらりと確認し、右手に持っていた赤い笛を口にくわえる。そのすぐそばに立つMFボビー・チャールトンは、両手を腰に置いたまま、ディーンストが笛を吹く瞬間を見ようとばかりに目をやる。しかしディーンストは両手を広げて「続けろ」の合図。




















