1993年の5月15日にJリーグが開幕し、同年の10月28日に『ドーハの悲劇』、そして1997年11月16日の『ジョホールバルの歓喜』を経て、初めてワールドカップ出場を果たした日本サッカー界。このシリーズ連載では、時に人々を歓喜させ、時に人々を悲嘆させた、日本サッカーの歴史を紐解きながら、サッカーに関連する「今日の出来事」を紹介する。
2002年日韓ワールドカップまで2カ月のテストマッチになったコスタリカ戦は横浜国際競技場に6万4000人を超える観衆を集めた。
が、相手のPK失敗にも助けられて1-1のドロー。ボランチに起用した小笠原満男を20分過ぎでベンチに下げたフィリップ・トルシエ監督が、試合後に采配ミスと認めた珍しい一戦でもあった。
70分に先制ゴールを決めたMF明神智和(代表通算26試合出場3得点)は当時24歳。この日は右サイドMFだったが、柏レイソル、ガンバ大阪で活躍した堅実なボランチだ。
トルシエ監督は「8人の明神と3人のファンタジスタがいれば完璧なチームができる」と評価。豊富な運動量と勤勉なプレーで、40歳を超えるまでプレーした(J3からJ1まで合わせて556試合出場26得点)。













