■監督の「求心力」がなくなったのか
そのあたりから、DF陣の人選も迷走をし始めて、現在に至っているのである。夏の移籍期間で7人の選手が加入したが、DF陣はあまり代わり映えしない。
厳しいことを書けば、このDF陣のメンバーでJ1を戦うのは厳しい。サイドバック(以下、SB)はスピードがなく、相手にいつも競り負けている。センターバック(以下、CB)はチャレンジとカバーの関係性を築けずに常にどちらかが一歩遅れてしまう。ボランチはピンチでも戻りが遅く、責任感のあるプレーが見られない。
マイナス面を上げればキリがないのだが、このレベルのDFでは試合に勝つことは難しい。連敗の原因は明らかであるのだ。
一方、攻撃に関しては、G大阪戦の2得点をみればわかるように、トレーニングで反復した内容が実戦で行われていることがよくわかる。バイタルエリアでボールを持った新潟を、相手は脅威に感じているはずである。
細かいパス回しから局面を打開する力は十分に持っている。このように新潟のポジティブな面では、破壊力十分な攻撃力があげられる。
しかし、先制点をあげても同点にされて、再び逆転してもすぐに同点にされる。そのうちに、相手のスピードにDF陣がついて行けなくなって失点を重ねる。
失点はDF陣だけの問題ではない、ということは確かなことだが、新潟は前線がハイプレスをかけるわけでもなく、ビルドアップの際に相手がボールを持っていいというやり方を取るので、いっそうDFの負担が増えていくのである。
これは試合を見ての感想だが、もはや現状は「選手が自分たちのやりたいサッカー」をやっているだけにしか映らない。
それは、ボールをゴールキーパー(以後、GK)からつないでゲームを作っていくサッカーである。私は相当に厳しいことを言っている自覚はあるのだが、「選手が主体となって作るサッカー」をおこなっているチームが強かったためしがない。
つまり、ラインコントロールを中心にした守備をする、入江監督が目指したサッカーで勝てなくなったときに、入江監督の求心力はなくなっていって、選手主導のサッカーになってしまったのではないのか、という疑念を抱いているのだ。


