大住良之の「この世界のコーナーエリアから」第166回「思いがけない拾いもの」(3)「21歳のプラティニ」ら若きフランス代表がボルシアMGを圧倒、翌年まで「気づかなかった」伝説の幕開けの画像
フランスサッカー「暗黒の時代」を救ったのがプラティニだった。 ©Y.Osumi

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム。今回のテーマは、世界に知られる前の「将軍」と「イレブン」との予期せぬ遭遇。

■フランスサッカー「暗黒の時代」

 パリに近づいた頃、少し前に降りた人が残していった新聞に目をやっていた倉井カメラマンが、「今夜フランス代表の試合がある」と言い出した。パルクデプランスで午後8時キックオフ。相手は西ドイツ・チャンピオンのボルシア・メンヘングラッドバッハであるという。

 私の反応といえば、とても鈍かった。「へえ」程度だった。フランスは1958年のワールドカップで3位になったことがあったが、その後、完全な停滞期に入り、1962年は欧州予選で敗退、66年は出場したもののグループステージ1分け2敗で最下位。ワールドカップが日本人の目に入ってきた70年と74年大会は連続して欧州予選敗退だった。

 クラブチームの成績もかんばしくなかった。何より、「首都パリに1部リーグチームがない」という状況から、サッカーに対するフランス人の関心も薄いと聞いていた。フランスのサッカーにとって「暗黒の時代」と言ってよかった。だからこそ、一国の代表チームが、隣の国のクラブチームと親善試合をするというハメになっているのだ(日本代表も、1991年まで親善試合の相手は、欧州や南米ならクラブチームばかりだった)。

 だから「取材に行こう」と倉井カメラマンが言ったときには正直、驚いた。キックオフまであと5時間ぐらいだ。そもそも、試合の当日になって取材パスなど出るの?

  1. 1
  2. 2
  3. 3