大住良之の「この世界のコーナーエリアから」第152回【「サッカーが戦争を止めた日」血塗られた世界に伝えたいクリスマスの奇跡】(2)イブの美しい歌声と「200人の試合」、ドイツ兵が語った「アーセナル」への思いの画像
日本代表の冨安健洋(現在は負傷中)が所属する古豪アーセナルは、100年以上前から多くの国の人々から愛されてきた。そんなアーセナルのファンの中には…。撮影/原悦生(Sony α‐1)
「クリスマスに読みたい」サッカーが起こした奇跡の物語

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は、サッカーが起こした「聖なる夜の奇跡」について。

■聞こえてきた「きよしこの夜」

 全欧州を巻き込んだ「大戦争」だったが、当初はクリスマスまでは終了するだろうと軽く考えられていた。兵士たちは、その年のクリスマスには家族と一緒に過ごすことができるだろうと期待していた。しかし、この時点で誰も知るよしはないが、戦線が膠着(こうちゃく=進展せずに行き詰まる)したこともあり、戦争は4年間、2018年まで続くのである。戦争の最初の年のクリスマスが近づいたころ、兵士たちの間に早くも「厭戦(えんせん=戦争が嫌になること)気分」が広がり始めていたとしても、誰も非難できないだろう。

 そして12月24日、クリスマス・イブがやってくる。

「西部戦線」の北部、イギリス軍とドイツ軍が対峙していたベルギーあたりの戦線での出来事である。夜遅く、10時ごろになって、塹壕のなかに座っていた1人のイギリス兵がかすかな人声が聞こえてくるのに気づいた、対峙しているドイツ兵が突撃してくる声ではない。美しい歌声だった。それはドイツ語で歌う「きよしこの夜」だった。

 すでにイギリスでもクリスマスキャロルの定番になっていたこの曲は、オーストリア人のヨゼフ・モールによってドイツ語で詞が書かれ、フランツ・クサーバー・グルーバーが曲をつけたものだった。当然、ドイツのクリスマスと言えばこの曲だった。

 勇敢な兵士がイギリス側の塹壕から少し顔を出して東を見ると、ドイツ軍の塹壕の手前には小さなモミの木が立ち、ロウソクまで灯っているのが見えた。明らかに、ドイツ兵たちはクリスマスを祝っているのだ。

 やがてイギリス兵たちが英語で「きよしこの夜」を歌い始める。その声がドイツ軍の塹壕に届くと、ドイツ兵の間から大きな歓声が起こった。ドイツ兵には英語ができる者が何人もいた。彼らはドイツなまりの英語で「メリー・クリスマス! イギリス人たち」と叫んだ。その叫び声に応じるように、イギリス軍の塹壕からも「メリー・クリスマス!」の叫び声が上がった。

「こっちへ来いよ」

 ドイツ兵がそう叫んだ。

「途中まで来い、おれも途中まで行く」

1人のイギリス兵がそう応じた。

 その夜は銃声もなく、相変わらずネズミが走り回り、泥んこでジメジメとした塹壕のなかだったが、兵士たちは温かな気持ちで眠った。

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