蹴球放浪家・後藤健生の取材歴は長い。ワールドカップのために「西ドイツ」を訪れたのは、ちょうど半世紀前のこと。ドイツが壁で分断されていた時代だ。
■国境警備隊との「やり取り」で…
「壁」にはいくつかの検問所がありました。そのうち、最も有名なのが都心部にあるチェックポイント・チャーリーでした。どうせなら、そこを通過してみたいではありませんか!
大きな荷物を持って、歩いてなんとかチェックポイント・チャーリーまで辿り着きました。
ところが、僕の持っていたビザでは、ここは通過できないというのです。結局、近くのフリードリヒシュトラーセ駅から地下鉄(Uバーン)に乗って西側に出ることになりました。フリードリヒシュトラーセ駅は西側からの長距離列車や郊外電車(Sバーン)、地下鉄が乗り入れる、いわば国境の駅だったのです。
こうして、僕は「ベルリンの壁」を体験したのですが、映像的には「壁」の姿はまったく記憶に残っていません。なにしろ、まだ海外旅行に慣れていない時代のこと。東ドイツの国境警備隊とのやり取りなどで緊張していて、ゆっくり壁を眺めている余裕がなかったのでしょう。