サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は思いがけない「罠」の話。
■冷たい空気
私のグレミオ取材は順調だった。夕刻、まずクラブで会長に会ってあいさつをする。会長をはじめとしたクラブの役員はいわばボランティアで、自分の仕事を終えてからクラブにやってくるから、ウイークデーだとどうしてもクラブの仕事は夜になる。当時の南米サッカー界では、この状況は、クラブに限らず協会でも同じだった。会長は、「全面的に協力するから何でも言ってくれ」とご機嫌だった。
当時のグレミオ会長はファビオ・コフィ氏、52歳。本職は法律家で、判事としてリオグランデドスール州の各地を回ってきたという。ドイツ系で名字の綴りは「Koff」なのだが、ブラジルでは語尾を子音で終わらせることはできず、軽く「i」の音がはいる。だからここからも「コフィ」と書くことにする。小柄で、非常に気さくな人だった。
そこに非常に仕立てのいい背広に身を包んだ大柄な紳士がはいってきた。本職は医師で、1976年から81年までこのクラブの会長を務めてきたエリオ・ドゥラド氏だった。すなわち前会長である。私は彼にもあいさつしたのだが、コフィ氏とドゥラド氏の間に何か冷たい空気があるのに気づいた。だが、これこそ、サッカージャーナリストの「政治利用」のきざしであることには、まったく思い至らなかった。