オランダ代表はリヌス・ミケルス、ヨハン・クライフの時代から、先進的なサッカーで知られる。だが、その底力は華やかなプレーだけに表れるのではない。たった1つのFKの裏に隠された入念な準備と胆力、そしてチーム力の物語をサッカージャーナリスト・大住良之が解き明かす。
■あうんの呼吸
オランダの準備はこれひとつだけではなかった。このFKには、「直接狙う」「ファーに送ってヘディングで狙う」、そして実際に使われた「トリック」のほかに、もうひとつのオプションがあった。ペナルティーエリアの右外に立つ選手に真横のグラウンダーのパスを送り、左足でシュートさせるという方法だった。この形に備え、チームで最も強烈な左足シュートをもつMFスティーブン・ベルフハイスが何げない顔をしてその場所に立っていた。
4つのオプションのなかから、オランダが選んだのが「トリック」だった。誰が決断し、どうコミュニケーションを取り合ったのか―。「10分間」と示されたアディショナルタイムの残り時間はもう1分しかなかった。
「あれをやるしかない」
おそらく全員がそう考えたに違いない。そして「あうんの呼吸」で実行されたのだ。それはフェルナンデス以外の全アルゼンチン選手を驚かせ、一瞬のパニックを生じさせ、そしてこれ以上ないドラマチックなゴールを生んだ。
「アベマTV」で生放送された中継を見ると、得点の直後、実況を担当した寺川俊平アナウンサー(テレビ朝日)は、「ここで出した!」と叫んでいる。まさにその言葉のとおりだった。2年間温め、準備し、2日前に最終確認を行った「切り札」を、時計でいえば「後半55分31秒」という段階で実行して見せたのだ。オランダ選手たちのその「胆力」には、感嘆するしかない。