■W杯で得点を獲れば海外からオファーも
カタールW杯に臨む日本代表が、現地でのトレーニングをスタートさせている。Jリーグを終えた国内組は11月9日に日本を発ち、翌10日夕方にはホテルのジムで汗を流した。11日からは練習拠点となるアルサッドのトレーニングセンターで、最終調整を進めていく。
国内組の多くが離日した9日午後には、湘南ベルマーレの町野修斗が記者会見に臨んだ。中山雄太の負傷で追加招集されたストライカーの声を聞こうと、会場には多くのメディアが集まった。
W杯での目標を聞かれた町野は「3得点いきたいです」と即答した。7月のE-1選手権で有言実行した数字を、今回も掲げたのだった。
会見場の後方には、ベルマーレの眞壁潔代表取締役会長の姿があった――。(#1、2のうち1)
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「町野はJ1で13点取ったから、このオフにはオファーがたくさん来るだろうな、クラブとしては大変だなと思っていました。彼が言ったとおりにW杯で3点取ったら、海外からオファーが来るでしょうね」
眞壁とベルマーレのつながりは、1999年を起点とする。当時の親会社だったフジタの撤退で、消滅の危機にあったクラブの存続に奔走した。それ以降今日まで、ベルマーレに膨大な時間と情熱を注いできた。
その経営判断はベルマーレのためであり、ホームタウンのためであり、ステークホルダーのためであり、選手のためである。国内外のクラブに所属選手を送り出す場面では、本人の意思をしっかりと汲み取っている。
「町野はまだ23歳、されど23歳。ヨーロッパでは25歳までに結果を出さないと、マーケットに残れないと言われている。ウチのクラブに関わった選手だと、遠藤航が25歳を過ぎたあとに浦和レッズからシントトロイデンへ移籍した。
ベルギーへ試合を観に行って話をしたときには、『自分は若い選手ではないと、こちらに来て改めて感じました』と言っていました。町野も25歳までにはあと2年しかないので、カタールW杯でも控え組でチームを盛り上げるのではなく、1分でも長く試合に出て結果を残してほしいですね」
今シーズンの得点ランキングで2位に食い込んだ町野は、ベルマーレにとって大切な戦力だ。流出はもちろん避けたい。そのうえで眞壁は、ベルマーレというクラブの在りかたを問うのだ。
「1999年はJ1で年間4勝に終わって、J2に降格してしまいました。けれど、週末の夜にCS放送を見ると、ベルマーレからペルージャへ移籍した中田英寿さんがセリエAの試合に出ている。ローマへステップアップして、セリエA優勝の一員にもなった。そういうものが力になって、このクラブを潰しちゃいけないという思いが大きくなり、持続力につながっていったんだと思うんです」