■神の御手で生まれたゴール
マラドーナの「神の手」はあまりに有名だ。0-0で迎えた後半6分、ゴール前にフラフラと上がったボールに走り込んだマラドーナは、高くジャンプすると、ゴールから飛び出したイングランドGKピーター・シルトンに競り勝つ形でヘディング、ゴールに流し込んだ(ように、記者席にいた私には見えた)。マラドーナはボールがゴールにはいるのを確認すると右のタッチラインに向かって走り、高くジャンプして右腕を振り下ろし、歓喜を表現した。
しかしもちろん、マラドーナはヘディングをしたわけではなかった。左手を自分の頭上に上げ、その拳でボールをとらえていたのだ。試合後、このゴールについて質問されたマラドーナは、平然とした表情でこう答えた。
「半ばマラドーナの頭で、そして半ば神の御手で生まれたゴールだ」
当然、イングランドの選手たちは黙っていない。直接の「被害者」であるGKシルトンはマラドーナを詐欺師呼ばわりした。だがシルトンはあまり相手ばかり責められないのではないか。彼はこのボールに対し、明らかに出遅れていたからだ。
マラドーナがジャンプの頂点に達してまさにこぶしでボールに触れようとしていたとき、シルトンはまだジャンプをし始めたばかりで、明らかにマラドーナの体が上にあった。実際には165センチもなかったかと思われるマラドーナがいくらジャンプして「神の手」を使おうとしても、対等なタイミングの競り合いだったら、183センチのシルトンが突き上げた右のこぶしに勝てるわけがないのである。
このゴールは、マラドーナをアルゼンチンでは英雄に、イングランドでは詐欺師にする衝撃的なものだったが、わずか3分後にマラドーナの左足から生まれた「史上最高のゴール」 のさらに大きな衝撃によって、どこか「罪」のにおいの薄いものになってしまった。自陣でボールを受けたマラドーナは、11秒間に11回、すべて左足でボールにタッチし、その間にイングランドの選手を4人抜き、さらにペナルティーエリアにはいってからGKシルトンも外してボールをゴールに送り込んだのだ。
ティエリ・アンリのハンドは、もっと長く、そして深刻な問題となった。