■破格の移籍金での勧誘
ウーベ・ゼーラーは生まれ育ったハンブルクで一生を過ごし、サッカーもハンブルガーＳＶひと筋だった。１９４６年に９歳でジュニアチームの一員となり、１９５４年にトップチームに昇格、１９７２年の夏に３５歳で引退するまで、終始ハンブルガーＳＶのユニホームを着て過ごした。
１９６１年夏、２４歳で西ドイツ代表のエースとなっていたゼーラーに、イタリアのインテル・ミラノから１２０万ドイツマルクという、当時の欧州では類のない破格の移籍申し込みがあった。何回も書いているが、ブンデスリーガ誕生前のドイツのサッカーは完全なプロではなく、「セミプロ」状態だった。イタリアに渡れば、ドイツとは比較にならない高額の報酬が約束されていた。
彼は悩んだ。しかし最終的にそのオファーを断った。「私たちの小さな家と、家族と、そして安心できる生活」を考えて決断したと、彼は語った。ドイツでも熱狂的なことで知られるハンブルガーＳＶのサポーターたちは熱狂した。しかし実際には、裏の話もあったらしい。
彼はアディダスの創設者であるアディー・ダスラーと親しかったのだが、ダスラーが北ドイツの販売代理権を彼に与えることで彼の流出を食い止めたという話も、後になって伝えられている。西ドイツ代表を再びワールドカップで優勝させることに情熱を燃やしていたダスラーにとって、ゼーラーのイタリア行きは看過できないことだった。なぜなら当時のドイツ・サッカー協会の規則では、外国に出た選手は西ドイツ代表の資格がなくなることになっていたからだ。
「巨額のオファーを断ってハンブルガーＳＶ残留を決めたゼーラー」は、さらにハンブルク市と全西ドイツの英雄になっていく。「ウンズ・ゼーラー（我らがゼーラー）」と北ドイツ方言で呼ばれるようになったのは、このころだった（ハンブルク市におけるハンブルガーＳＶのライバルであるザンクトパウリのサポーターたちだけは、「お前らのウーベ」と呼んでいたが…）。
