■バスで出会ったひと際輝く女性
さて、北京滞在中のある日、団体の皆さんとはお別れして僕は単独で盧溝橋に行ってみることにしました。盧溝橋は永定河にかかる美しい橋で北京の名所の一つですが、1937年7月7日にこの橋のそばで日本軍と中国軍が小競り合いを起こし、それが日中戦争のきっかけになったのです。北京市内からは、バスを乗り継いて約1時間でした。
まだ外国人が珍獣並みだった時代。中国の市内バスに乗るというのもちょっと冒険でしたが、今でもそうですが、中国ではバス停にその路線が経由する停留所名が小さな字で全部書いてあるのでとても利用しやすいのです。しかも、漢字ですから、日本人にとっては(発音はできなくても)一目で目に入ってくるのでとても便利です。
現代の中国ではバスもEV化が進み、近代的な車体のバスが走り回っていますが、当時は盧溝橋行きの339番の郊外バスなどはトレーラーバスでした。黒煙を発するエンジンが搭載されたトラックのような駆動部に運転手が座り、連結器でつながった車体を引っ張って走るというもの。車掌も各入口に座っています。
車内で何気なく入口付近に目をやると、なんとそこにはひと際輝く女の子が立っているではありませんか。僕の目は釘付けになりました。他の人たちとまったく同じ地味~な人民服姿なのですが、1人だけアカ抜けているのです。
「何が違うんだろう?」
よく見てみると、スカーフの巻き方とか、袖のまくり方などが、実にセンスが良いのです。
「あれは、何者?」
僕は、さらに執拗に観察を進めました。持っている本を見ると、どうやら美術関係の教科書のようです。そう。彼女はおそらく美術大学の学生なのでしょう。どんなお仕着せの服装であっても、やはりセンスの良い人が着こなすと、こんなに違うんだと僕はすっかり感心したというわけです。