■理想的に見えた新指揮官の招聘
「時計の針を戻してしまった」
このシーズン終盤、渡辺は唇をかんだが、残留にこだわったからこその意地の踏ん張りだった。ただ、これで周囲は勘違いしてしまった。
――仙台はもっと上に行けるのに
――いくら引き抜かれても仙台は残れる
その立役者だった渡辺との契約を、ベガルタはその年末に満了させた。関係者によれば、「本人はまだ続くと思っていて、来季の構想も考えていた」という中での退任劇だ。それまでに仙台が有望な選手を集めることができたのは、渡辺が進める“サッカーのスタイル”があったからで、そういう意味で補強のしやすさもあったのだが、その流れも途絶えさせたことになる。
そして新たに、木山監督を招聘する。奥羽山脈を越えての新監督就任は、形だけ見れば理想的だ。同じ東北だから地元の温度感、それに環境面で溶け込みやすい。さらに、J2で沈んでいた山形を昇格争いに絡ませるなど、充実しているわけではない戦力を引き出すことができる。それの最たる例が、就任直前に行われた天皇杯・準決勝だ。奇しくもみちのくダービーとなったこの試合で、木山モンテディオは格上である仙台をピッチで圧倒した。スコアこそ仙台が上回ったものの、文字通りの惜敗だった。
木山がそれをできたのは、J2を熟知していたこともあったし、木山サッカーに適した人材がいたからだ。ただ、この時の仙台は一般的に考える戦力としては充実していたものの、木山サッカーという点で見ればそれを満たしていたとはいえない。J1初挑戦という新任者に、そこで柔軟性を求めるのは厳しい環境だった。