■2006年・ドイツ大会~1998年・フランス大会
【2006年・ドイツ大会】
■予選開催時期:2005年2月~2005年8月
■予選での最終戦績:5勝1敗 勝ち点10 最終予選1位通過(6試合中5戦目で本大会出場決定)
■監督:ジーコ
■予選時の主力選手:中田英寿、中村俊輔、柳沢敦、福西崇史、稲本潤一、中田浩二、川中澤佑二、宮本恒靖、川口能活など
■予選参加国数:4カ国(最終予選グループB)
■スタートから3戦までの戦績:2勝1敗(勝ち点6)
ジーコ監督が指揮を執ったドイツ大会の最終予選は、北朝鮮が初戦の相手だった。先制しながらも相手の猛攻を受けて同点に追いつかれ、迎えた後半アディッショナルタイムに大黒将志の劇的ゴールによって2-1で辛くも勝利した。2戦目はアウェーでイランと対戦したが、1-2で敗れる。3戦目はホームにバーレーンを迎えるが、得点はオウンゴールのみで1-0で勝利。スタートの3戦はいずれも苦しい試合となったが、それでも3戦を終えた段階では勝ち点6を積み上げている。
【2002年・日韓大会】
開催国のため、予選免除
【1998年・フランス大会】
■予選開催時期:1997年9月~11月
■予選での最終戦績:3勝4分1敗 勝ち点13 最終予選2位でプレーオフ進出(予選7試合中最終戦でプレーオフ進出が決定)→プレーオフの結果、初の本大会出場決定
■監督:加茂周→岡田武史
■予選時の主力選手:三浦知良、中山雅史、中田英寿、呂比須ワグナー、北澤豪、名波浩、秋田豊、名良橋晃、相馬直樹、井原正巳、川口能活など
■予選参加国数:5カ国(最終予選グループB)→プレーオフではイラン代表と対戦
■スタートから3戦までの戦績:1勝1分1敗(勝ち点4)
初戦のウズベキスタン戦では6-3で快勝したが、2戦目のUAE戦では1-1で勝ち切れず、さらに3戦目の韓国戦ではホームで1-2で敗れた。
以上から分かるとおり、開催国出場だった日韓大会を除き、日本が本大会に出場した6大会の予選において、初戦からの3試合で2敗を喫した最終予選はひとつもない。苦戦を強いられながら、初の本大会出場を決めたフランス大会であっても、序盤の3試合を終えた段階での勝ち点は4で、森保ジャパンの現在の戦績を上回っている。
それでも、フランス大会出場までの道のりが険しかったことは、旧来のサッカーファンなら誰もが記憶しているところだろう。その後も引き分けが続いた日本代表は勝ち点を伸ばすことができないなか、最終予選の期間中に加茂周監督の解任が決定し、当時、コーチだった岡田武史監督が就任。過去に最終予選の期間中に監督が交代したのは、この時だけだった。
8試合が行われた最終予選のラスト2試合、韓国にアウェイで2-0で勝ち、最終節でカザフスタン代表を5−1に勝利したことで、日本はプレーオフに進出。プレーオフのイラン戦も先制しながらも追いつかれ、延長戦に突入するという厳しい戦いになったが、延長後半13分に岡野雅行の劇的ゴールが決まり、初の本大会出場を決めた。待ちわびた瞬間に日本中が湧いた「ジョホールバルの歓喜」である。
現在の日本代表のように、予選の序盤から負けが先行した年代はあったのだろうか。