■1969年には宝塚でも上演

 モルナールは「ロジャース&ハマーシュタイン」からオファーを受ける前、作品を翻案して映画化するという話を断ったことがあった。ロジャースとハマーシュタインは、『リリオム』の結末がブロードウェイミュージカルにはふさわしくないとも考え、ラストを大きく変えることを考えていた。当時ニューヨークに在住していたモルナールはこれを了承した。

 モルナールはハンガリーで最も成功した国民的作家だった。1907年に発表した児童文学作品『パール街の少年たち』は、世界中の35カ国語以上に翻訳され少年少女たちに親しまれている。日本でも10回近く翻訳出版され、小中学校の図書室には必ずあるはずだから、読んだことがある人も多いかもしれない。現在も岩崎悦子翻訳の偕成社版が書店に並んでいる。

 モルナールもまた、「ロジャース&ハマーシュタイン」と同様、ユダヤ系の家系の出身だった。1940年1月、ナチスの迫害から逃れ、彼はニューヨークに移住する。そして1952年に74歳で亡くなるまで、ニューヨークの五番街に立つ高級ホテル「プラザ」の835号室で12年間を過ごした。1945年に彼が「ロジャース&ハマーシュタイン」の提案を受けたのは、同じユダヤ系ということで心を許した結果だったのかもしれない。

「ロジャーズ&ハマーシュタイン」の『回転木馬』が初演されたのが1945年4月19日のことだった事実に驚く。東京は3月10日の大空襲ですでに焦土と化しており、沖縄では多くの市民を犠牲にして、地形が変わるような大攻防戦が行われている最中だったこの時期に、ニューヨークでは新作のミュージカルが発表され、大きな話題になっていたのだ。

 そしてこのミュージカルの最も重要な曲として書き下ろされたのが、『ユール・ネバー・ウォーク・アローン』だった。

 この歌は、最初は夫を亡くした妻を慰めるために歌われ、そしてモルナールの原作から大きく変わったエンディングでは、娘のハイスクール卒業式で希望のメッセージとして歌われる。1969年に宝塚大劇場で「雪組」の公演として上演されたときには、この歌は『人生はひとりではない』と訳されている。

 余談ながら、『回転木馬』の原題は『Carousel(カルーセル)』である。この言葉を聞くと、私の世代は、どうしても「ニューハーフタレント」と呼ばれたカルーセル麻紀さんの顔が浮かんでしまう。彼女がデビューしたのが1963年。アメリカで映画化された『回転木馬』が日本でも上映され、ヒットした後のことだから、何か関係があるのかと、以前から思っていた。今回調べてみて、それがはっきりした。芸能界入りする前に彼女が勤めていた大阪の店の名前だったのである。

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