■グラスゴーからロサリオへ、パス・サッカー伝播の道

 19世紀のアルゼンチンは広大な平原(パンパス)で収穫された小麦をヨーロッパに輸出して外貨を稼いでいた。ちなみに、牛肉が輸出できるようになるのは、冷凍技術が発達した19世紀末から20世紀の初めになってからだ。従って、パラナ川沿いの都市にある積み出し港には、どこにも大きな小麦粉用のサイロがいくつも立ち並んでいる。

 2011年のコパ・アメリカはアルゼンチンで開催されたが、パラナ川沿いの都市サンタフェのメディアセンターになっていたのは、文化財にも指定されている古い小麦の積み出し施設だった。

 内陸から積み出し港まで小麦を運んでくるために各地に鉄道網が建設された。ロサリオで最も人気のあるクラブは「CAロサリオ・セントラル」だが、このクラブは元々セントラル鉄道の労働者たちによって創られたクラブだった。

 そして、ロサリオの鉄道会社では大勢のスコットランド人の技師や労働者が働いていたのだ。

 実は、スコットランドのグラスゴーというのは英国の中でも科学工学の先進地だった。たとえば、蒸気機関を発明(実際には改良=実用化)したジェームズ・ワットはグラスゴー大学に工房を構える技師だった(教授ではなかった)。

 19世紀には鉄道というのは先端技術であり、英国は鉄道先進国だったので英国人たちは世界各国に招かれて鉄道を建設した(新橋・横浜間の日本最初の鉄道も英国の技術者たちによって建設された)。中でもスコットランド出身の技師は重要な役割を果たしていたのである。

 こうして、ロサリオでは19世紀のうちからスコットランドのパス・サッカーが根付いており、21世紀になってもなおロサリオの人たちはそのことを誇りに思い続けているというわけである。

 こうして、世界の多くの国がスコットランドの影響を受けてパス・サッカーを発展させてきたのである。

(この項続く)
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