世界中に広がるスコットランドのサッカー【古橋亨梧が戦う場所】(3)の画像
W杯アジア最終予選 日本代表ーオマーン代表 古橋亨梧  撮影:中地拓也

王国と言えばブラジル、母国と言えばイングランドなのは、サッカーファンの常識だ。そこから一歩、サッカーの奥の細道に足を踏み入れると、スコットランドがその存在感をググッと増してくる。母国と同様に、あるいはそれ以上に、中世からフットボールが盛んにプレーされていた。そして、同国の足跡がサッカー史のあちこちに深く刻み込まれていることに気づくのである。サッカージャーナリスト・後藤健生がサッカーの源流を紐解く。

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■アルゼンチン・サッカーにスコットランドが与えた影響

 こうして、スコットランドではパス・サッカーが発展していくが、その後、それは世界中に影響を与えていくのだ。

 20世紀に入って、サッカーは世界各地に伝わっていく。ヨーロッパ大陸で最初にサッカーが盛んになったのはイングランドから距離的に近いフランスやベルギー、オランダだった。その後、当時はオーストリア=ハンガリー帝国を構成していた中欧諸国(今のオーストリアやハンガリー、チェコやスロバキア)が強くなっていった。そして、彼らはイングランド流のロングパスではなく、合理的なスコットランド流のパス・サッカーを取り入れたのだ。

 かつて、東京12チャンネル(現テレビ東京)の「三菱ダイヤモンドサッカー」の解説で、岡野俊一郎氏がチェコのサッカーを紹介するときに「ウルチカ・パス」という言葉を使っていたのをオールドファンならご記憶だろう。ウルチカとは「小道」のこと。「小道を通すようなパス」だというのだ。それが、スコットランド発祥のパス・サッカーのことだった。

 2001年に、やはり『サッカー批評』の取材でアルゼンチンに行ったことがある。アルゼンチンもパス・サッカーを極めた国の一つである。

 アルゼンチンのサッカーどころの一つ、サンタフェ州のロサリオ市も訪れた。すると、取材で会う人たちが皆、口をそろえて「ロサリオの美しいサッカー」について語るのだ。ロサリオのサッカーとブエノスアイレスのサッカーとどう違うのか……。僕には、よく分からなかった。

 さらに話を聞くと、こういうことだった。

 昔は、アルゼンチンの(ブエノスアイレスの)サッカーはイングランドの影響を受けてロングパスを使うサッカーだったそうだ。しかし、1920年頃にハンガリーのフェレンツバロシュが来訪してショートパスのサッカーを披露すると、アルゼンチン人たちはドリブルとパスで崩していくスタイルに魅了され、アルゼンチンがスペインから独立してから、経済的に英国に従属していたために反英感情が高まっていたこともあって、アルゼンチンではショートパスとドリブルを使ったサッカー・スタイルに変わったのだそうだ。

 しかし、ロサリオではそれよりずっと前から「美しいパス・サッカーをしていた」と、ロサリオのサッカー人たちは言うのだ。

 なぜか……。スコットランドの影響だった。

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