■フットボールの発祥はイングランドではない

 サッカーというスポーツは中世以来、英国各地で行われていた「フットボール」という名の遊び(または祭り)を元に作られた。そのフットボールは、19世紀になってパブリックスクール(上流階級向けの寄宿制学校)で教育の一環として取り入れられ、その時にルールが明文化された。そして、パブリックスクールの卒業生たちは各地に「フットボール・クラブ」を作った。

 だが、パブリックスクールのフットボールは学校によってルールが異なっており、各フットボール・クラブのルールもバラバラだった。従って、他のクラブと試合をする時には事前にルールの打ち合わせが必要だった。「それでは不便だ」というわけで1863年の12月にロンドンにあるクラブの代表者が集まってフットボール協会(The Football Association=FA)を設立し、共通ルールを制定した。それが協会式フットボール(アソシエーション・フットボール)、つまりサッカー(Soccer)の始まりだった。

 つまり、サッカーはロンドンで誕生した。だから、僕たちは「フットボールはイングランドが発祥」と考えてしまいがちだ。

 だが、ロンドンという街で特にフットボールが盛んだったわけではない。ただ、イングランドの首都ロンドンには数多くのクラブがあったから協会が作られたのだ。小さな都市だったらクラブの数も少ないので、わざわざ共通ルールを作る必要もないだろう。イングランド中部の工業都市シェフィールドにも別の協会が作られていたが、その後、両者のルールが共通化されて、シェフィールド協会もFAに参加した。

 中世のフットボール(大衆のフットボールという意味で「マス・フットボール」などと呼ばれる)は、イングランドだけではなくスコットランドやウェールズも含めたブリテン島各地で行われていた。たとえば、英国の北端、スコットランドのさらに北、北海に浮かぶオークニー諸島などでも盛んに行われていた。

 20年ほど前に『サッカー批評』の取材でイングランドを訪れた時、そうした「マス・フットボール」が今でも行われているというアニックまで取材に行ったことがある。「Alnwick」と書いて「アニック」と読む。イングランド北部ノーサンバーランド州、ニューカッスル・アポン・タインからバスに乗って1時間以上かかる小さな街だったが、スコットランドとの“国境”までは30キロもない場所だった。

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