■ホイッスルの始まりは警官から
だが最初は笛ではなく、驚くことに白いハンカチだった。初期のレフェリーは、何かプレーを止めなければならないことが起こると、黒いフロックコートの胸ポケットから白いハンカチを取り出し、ひらひらと振ってプレーを止めていたという。何と優雅な時代だっただろう! なにしろ彼は「英国紳士」なのである。大声を出すなどというはしたない真似はできなかったのだ。
その当時、大声を出して人びとに注意を喚起したり、大きな人の流れや交通(馬車である)の流れを規制しなければならない「はしたない」仕事をさせられていたのは、警察官たちだった。当時の英国の警官たちは、こうした注意の喚起のために「ラットル」という用具を使っていた。
古いファンなら聞いたことがあるかもしれない。1960年代までは、イングランドのサッカー・サポーターの必携道具だった。長さ20センチほどの「ハンドル(1本棒)」の先に歯車がついていて、ハンドルと90度の角度で突起物が出ている。そしてハンドルをもってぐるぐる回すと、突起物が回り、歯車をはじきながらガラガラという激しい騒音を発する。イングランドのサポーターたちは、いっせいにこの騒音を出してチームを励ましていたのだ。
だが警官たちがラットルを振り回して人びとに何か命じたりするのは、どうもみっともないし、両手が使えないのはときに不便で、ときに危険だった。それに目をつけたのが、バーミンガムに住む発明家のジョゼフ・ハドソンという人物だった。彼は1870年に「ハドソン商会」を設立、口にくわえて吹くと高く強い音が出る小さなホイッスルをつくり、バーミンガム警察にもちこんだ。「これはいい!」と即座に採用が決まった。それがサッカーの主審にも使われるようになる。
さまざまな記録では、主審がホイッスルを使った最初は1878年に行われたFAカップのノッティンガム・フォレスト対シェフィールド・ノーフォークの試合だったと言われている。しかしこの対戦があったのは実際には1874年のことで、ハドソンが警官用のホイッスルをつくって間もなく、1870年代の初頭にはサッカーの審判員たち(最初はレフェリーではなくアンパイアたち)によってホイッスルの使用が始まっていたらしい。