イタリアを訪れたことのあるサッカー愛好家なら、「スペルガの悲劇」のことや、グランデ・トリノの伝説はご存じかもしれない。イタリアではサッカーファンであれば少年少女にまで語り継がれている。国境をまたいで行われるサッカーに襲いかかる悲劇、そのひとつが航空事故だ。かつてＪリーグでプレーした複数の選手が乗った飛行機が墜落して命が奪われたこともあった。その航空機での最初の大きな事故がセリエＡで４連覇中だったＡＣトリノを襲ったのは、５月のちょうど今頃の時期だった——。
■最高のプレイヤー同士の出会いの日
始まりはひとつの国際試合だった。ジェノバで行われたイタリアとポルトガルの親善試合である。先制点を許しながら４−１と逆転で勝利を飾った試合後のレセプションで、イタリアのキャプテンであり、この日の３点目を決めたバレンチノ・マッツォーラは、相手チームのキャプテン、フランシスコ・フェレイラに呼び止められた。「シコ」のニックネームでポルトガル国民から敬愛されていたミッドフィルダーは、当時のポルトガル最高の選手と言われ、スペインのレアル・マドリードやトリノからオファーを受けたこともあった。そして彼は、同じ年のマッツォーラを深く敬愛していた。
「バレンチノ、頼みがあるんだ」
フェレイラに呼び止められ握手をかわしながら、突然話しかけられたマッツォーラは、とても驚いた。２人はこの日が出会いだったからだ。
「何だい？」
「実はことし僕の引退試合を計画しているんだけど、きみがトリノ・チームといっしょにきてくれると、とてもうれしいんだが……」
一瞬の間はあったが、マッツォーラは即答した。
「もちろん、喜んで行くよ」
