ガー・ピー、ヒョロヒョロ。パソコンのスピーカーからこの音が聞こえてくると、これで無事に原稿を送ることができると、心の底からホッとしたものだ。サッカーを報道するために必要なのは、最先端の機材とそれを使いこなす知識と技術。終わることのない追いかけっこなのである。進化の波に乗り遅れるな!
■海外取材で原稿用紙が足りなくなった
当時、川上宗薫という「官能小説」の大家がいた。彼は「1日に100枚(4万字!)の原稿をこなす」と言われていた。私のペースなら、60時間分の仕事ということになる。もっとも川上先生は自分では原稿用紙には向かわず、テープに録音したものを弟子たちが原稿用紙に書いていたらしい。
また脱線してしまった。長期の海外出張には、200字詰め100枚の原稿用紙をひと抱えもっていくのだが、ともすると足りなくなる。香港で足りなくなったときには、「漢字文化の国。文房具屋にあるに違いない」と探したら、やはり見つかった。ひとマスが小さく、1枚で800字もはいるものだったが、航空貨物で送らなければならないことを考えると、軽くなってかえってよかった。
しかしブラジルで原稿用紙が足りなくなったときには往生した。仕方なく自分でつくることにした。白い紙を買ってきて、荷物のなかに入れてあったカーボン紙を使い、20字×10行の線を引き、いちどに5枚ずつつくった。「石器時代」を知らない読者のために言っておくが、当時は「コピー機」などは普及していない。書類の写しをつくるためには、カーボン紙をはさんで書くしかなかったのだ。
帰国してから気づいたのだが、こんなことをしなくても、黒いボールペンを使って1枚原稿用紙をつくり、その上に白い紙を載せて書けば、1枚につき直線を32本も書く手間は不要だったし、原稿を受け取ったほうも格段に読みやすかったはずだ。だが後の祭り。よくあることだが、以後、海外で原稿用紙不足に陥ることはなかった。原稿用紙不足になったことの教訓は、「もっと多くの原稿用紙をスーツケースのなかに入れる」ことだったからだ。