【指揮官の肖像】ディエゴ・シメオネ「親分肌」で終わらない「継続性と固執」の美学の画像
ディエゴ・シメオネ監督(アトレティコ・マドリード) 写真:AFP/アフロ

 2011年12月23日は、アトレティコ・マドリーにとって特別な日になった。

 それはディエゴ・シメオネ監督が就任した日だ。成績不振でグレゴリオ・マンサーノ当時監督を解任したアトレティコはその後任にシメオネを選んだ。

 ラシン・クルブ、エストゥディアンテス、リバープレート、サン・ロレンソ、カターニャ...。シメオネが監督を務めたクラブだ。シメオネの指導者としての経歴は輝かしいものではなかった。それでもアトレティコでは就任一年目でチームをヨーロッパリーグ制覇に導いた。

■10人のライオンと1人の愚か者の背景に

 シメオネといえば、1998年のフランス・ワールドカップを思い起こす。

 準決勝のアルゼンチン対イングランドの一戦で、シメオネはアルゼンチン代表の選手としてピッチに立っていた。マイケル・オーウェンの伝説的なゴールが記録された試合の後半、シメオネはデイビッド・ベッカムに厳しいタックルを仕掛けた。これに苛立ったベッカムがシメオネを蹴り上げ、主審からはベッカムにレッドカードが提示された。イギリス紙『サン』が「10人のライオンと1人の愚か者」と酷評したように、大会後にはベッカムに批判が集中した。

 ベッカムに愚か者という刻印が押されたが一方で、シメオネには「汚い行為をする奴」というレッテルが貼られた。いや、レッテルではなかったかも知れない。事実、シメオネが汚い行為に手を染めるのはあの時が初めてではなかった。

時は1982年に遡る。ベレス・サースフィールド対ボカ・ジュニアーズの試合で、あるボールボーイが試合中にカウンターの機会を防ぐためボールを投げ入れた。そのボールボーイには、主審からレッドカードが出された。まさか...。そのまさかである。それこそがシメオネ少年であった。

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