監督人事に関しては、ペレス会長はひと悶着あった末に招聘したロペテギを成績不振を理由にあっさりと解任。サンティアゴ・ソラーリ監督をカスティージャ(Bチーム)から昇任させた。それによりヴィニシウス・ジュニオール、セルヒオ・レギロン、フェデリコ・バルベルデが台頭。だが、そのソラーリでさえ、数カ月を経て指揮官ポストを「剥奪」された。

 ペレス会長が打った最後の一手が、ジダン監督の帰還だった。しかしながら第一次ジダン政権とは状況がまったく異なっていた。C・ロナウドを頂点としたヒエラルキーは存在せず、一人の得点力を頼りにチーム作りを進めるのは最早不可能だった。

 そして、攻撃の選手においては補強が当たらなかった。エデン・アザール(前所属チェルシー/移籍金1億ユーロ)、ルカ・ヨヴィッチ(フランクフルト/6000万ユーロ)の獲得に失敗した影響は少なくない。1億6000万ユーロ(約172億円)を投じたもののC・ロナウドの穴を埋めるには至らなかった。

 「私はアンタッチャブルな存在ではない」とは、先の公式会見におけるジダン監督の言葉だ。選手として、監督として長くマドリーに在籍したジダン監督はビッグクラブの何たるかを深く理解している。そう、ジズーですら安泰ではない。チャンピオンズリーグでグループステージ敗退に終われば、再びペレスがドラスティックな決断を下す可能性がある。

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