昨年10月に日本列島を襲った台風19号は多くの人々の生活に深い爪痕を残した。荒川の河川敷に広がる浦和レッズの総合スポーツ施設、レッズランドもゴールポストをはるかに超えるほどに冠水し、水が引いた後も、埼玉スタジアム3個分の広大な敷地を汚泥が覆いつくしていた。多くの人びとの強い意志によって復旧を果たすまでの道のりを詳細にレポートする――。
■人びとを元気づけた一杯のコーヒー
大量の汚泥を除去した後も大変だった。人工芝は水没時の影響と汚泥除去作業によって大きくたわみ、波のようにうねっていた。まず水をかけて人工芝を洗う。水をいくらかけても出てくるのは茶色く濁った水であり、透き通った状態にするまで時間がかかった。その後には、使えなくなった部分を切り取り、平らに伸ばし、継ぎはぎもしながら修復していった。
こうした工事作業と並行して、レッズランドの6人の専属スタッフと3人の浦和レッズからの応援スタッフはゴミ集めなど手作業でできることを総出で行っていた。だが丸1日腰が痛くなるほど働いてもきれいにできるのはほんのわずかな面積に過ぎない。「これは終わりがくるのか」と、絶望的な思いにとらわれるのは自然なことだった。
レッズランドには、10年以上勤務している女性スタッフが2人いる。手塩にかけて育て、運営してきた施設だから、愛着は誰よりも強かった。それだけに、こうした時間が続くと、精神的な負担も大きくなった。元気そのものだった彼女たちの表情が暗くなり、口数も少なくなったのに、松本さんは気づいた。
何か気晴らしが必要だった。明るい雰囲気が必要だった。レッズランド「キャプテン」の松本さんがやったのは、小さなことだった。近くのパン屋さんに使わなくなったコーヒーメーカーがあったので、それを借りてきてクラブハウスに持ち込み、豆を買ってきてコーヒーを淹れ、みんなにふるまうことにしたのだ。一口飲んだ彼女たちが笑顔を見せた。松本はこれを毎日続けることにし、スタッフだけでなく、工事関係者やボランティアで手伝いにきてくれる人にも配った。みんな「おいしい」と言ってくれたが、それ以上に、笑顔になるのがうれしかった。松本さんはこれを「キャプテンズ・コーヒー」と名づけた。