森保一
森保一日本代表監督 写真:アフロ
 2018年の就任からの好成績で順風満帆のスタートを切ったかに思えた森保代表監督の評価が、ここにきて揺れている。昨年暮れから今年初めにかけて敗北がかさんだからだ。森保監督は、壁に突き当たったのか。それとも何か失敗したか。その工程は、どこまで進んでいるのだろう。

■すべてがキャンセルに

 3月の最後の週末は、本来ならば代表ウィークのはずだった。

 ワールドカップ予選を戦うA代表は豊田スタジアムでのミャンマー戦とアウェーのモンゴル戦を戦い、そこで最終予選進出が確定するはずだった。そして、東京オリンピックを目指すU-23代表は南アフリカ、コートジボワールと強化試合を戦い、森保一監督の言葉を信ずるなら、いよいよ本番に向けて本格的なチーム作りが始まっていたはずだ。

 ところが、新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的な感染拡大があり、すべてがキャンセルとなってしまった。

 次の代表ウィークは6月に設定されているが、今の情況を考えるとこの時期に国際試合ができるとも思えないので、ワールドカップ最終予選の開始は大幅にズレこむことだろう(2022年大会が11月開催なので、予選を消化するための日程に余裕は十分にある)。

 そして、地元開催の大会でメダル獲得を目指す東京オリンピックも1年ほど延期となることが決まった。2021年に開かれるオリンピックのサッカー競技がU-23代表の大会となるのか、それとも今回だけはU-24代表の大会となるのかも決まっていないので、オリンピック・チームのチーム作りは当面は進められない。

 こうした状況を踏まえて、森保一監督が率いる日本代表強化のこれまでの進捗状況と今後の見通しについて考えてみよう(この原稿では「日本代表」という言葉は「A代表と五輪代表を含めた広義の日本代表」という意味で使わせてもらう)。

■疑問視された森保監督の強化方針

 昨年暮れ以来、森保監督に対する批判めいた論調が急激に高まった。無理もない。結果がまったく伴わなかったからである。

 11月には堂安律や久保建英も加えて“最強メンバー”を揃えた五輪代表が国内(広島)で初めて戦ってコロンビア相手に完敗を喫した。

 トゥーロン国際で決勝に進出し、ブラジル遠征でU-22ブラジル代表相手に攻め勝ったことによって評価も期待値も上がっていた五輪代表だけに、コロンビア戦の敗戦は大きなショックだった。しかも、積極的に仕掛けることもできず、また守備陣もズルズルと下がって押し込まれてしまうなど、内容的にも最悪だった(U-22代表の常連組と堂安、久保といったA代表組の間の意識のズレが最大の原因だった)。

 さらに、12月に韓国・釜山で開かれたEAFFE-1選手権では中国と香港には順当勝ちしたものの、最終の韓国戦で敗れてしまった。この試合も、球際の競り合いや攻めの迫力で圧倒されたもので、スコアこそ0対1の惜敗だったが、内容的には完敗だった。

 さらに、年が明けた2020年1月のAFC U-23選手権では、東京オリンピックを目指すU-23日本代表が1分2敗でまさかのグループステージ敗退……。やはり攻めの迫力が足りず、見る者をイライラさせるような内容だった。

 こんな試合を見せられたのだから、一般のファン、サポーターの間で不満の声が高まるのは当然のことだ。そして、その世間の声に乗るかのように、サッカー専門ジャーナリストたちの間でも森保監督の強化方針に疑問をさしはさむような論調が増えていった。

 僕は、釜山の大会もバンコクの大会も現地で観戦した。そして、心底思ったのは「生で見ておいてよかった」ということだった。もし、結果だけ、あるいはテレビ中継だけ見ていたら、僕自身も大きな不安を抱いたと思うからだ。生で見たからこそ、「日本代表がなぜ負けたのか」ある程度理解できたし、だから、日本代表ついて大きな不安を抱かずに済んだのだ。

 一言で言えば、敗因は「まだチーム作りが進んでいない」ということに尽きた。

 たとえば、釜山で日本代表が完敗を喫した韓国代表というのは、ワールドカップ予選を戦っている韓国代表チームから孫興民(ソン・フンミン)などの海外組を除いただけのメンバーだった。

 最近の日本代表は、先発の11人のうちで国内組は1人か2人しかいないことが多い。だが、韓国代表の場合は海外組と国内組はほぼ半々の構成だ。しかも、パウロ・ベント監督は親善試合も含めて常に同じような顔ぶれで試合をする。つまり、海外組が不在で、確かに戦力的には落ちていたとしても、韓国はチームの完成度は高かったのだ。

 これに対して、E-1選手権の日本代表は形式的にはA代表だったものの、23人のメンバーのうち、東京オリンピック世代である1997年以降生まれの選手が14人も占めていたのだ。あのメンバーで韓国代表に勝つことはかなり難しかった。

 2020年1月のバンコクでの大会も同じだ。

 U-23日本代表は食野亮太郎(ハート)を除いて海外組は招集できず、新戦力も含まれたメンバー構成だった。しかも、事前の準備期間はほとんどなく、シーズンオフ中でコンディションが上がり切っていない日本の選手たちは冬の日本から30度を超すバンコクに移動して、コンディション調整をしながら準備を進めるしかなかったのだ。

 攻めのスピードや迫力が感じられなかったので「気持ちが入っていなかった」と見る向きもあるが、むしろ「気持ち」はあっても初めて一緒にプレーするような選手もいるなど、コンビネーションが確立されていなかったので、ボールをスムースに動かすことができなかったというのが本当のところだろう。

 これに対して、日本以外の国々にとって、この大会は東京オリンピック出場権がかかる重要なタイトルマッチだった。どの国も、十分な準備合宿を行って大会に臨んでいたのだ。そして、もちろんモチベーションという意味でも彼らは日本を上回っていた。

 それでも、日本チームのパフォーマンスのレベルは高かった。カタール代表のフェリックス・サンチェス監督が最終戦の後で語った通り、日本は「この大会で最高のサッカーをしていた」のである。

 もちろん、「良い内容のサッカー」をしながら、それを得点に結びつけられなかったのは大きな課題だが、この大会で結果が出せなかったことには相手がしっかり日本対策をしてきたとか、不可解なVARの介入が繰り返されたといった要因も絡んでいた。

  1. 1
  2. 2
  3. 3