アジア大会が、実に32年ぶりに日本にやってきた。愛知県を中心に、各地で開催されるのだ。32年前と言えば、Jリーグ開幕直後。蹴球放浪家・後藤健生が目撃してきた現在に続くプロスポーツの黎明期から現在への変化を見れば、決して「失われた30年」などではなかったことに気づく。
■交通機関も発達
なにしろ、サッカーができる大型スタジアムなどほとんどない頃でしたから、アジアカップとアジア大会の後も国際試合がよく開催されましたし、1993年に開幕したJリーグでもサンフレッチェ広島が2年目のファーストステージ(サントリーシリーズ)で優勝するなど強豪チームだったので、僕もビッグアーチには何度も足を運ぶことになりました。
広島市内からの足は1994年に開通した「アストラムライン(正式名称、広島高速交通新交通1号線)」でした(つまり、1992年のアジアカップの時はまだ未開通で、公共交通機関はバスだけでした)。
「新交通」というのは、鉄のレールの上を鉄の車輪で走行する従来の鉄道ではなく、コンクリートの軌道上をゴムのタイヤで走行する交通機関で「自動案内軌条式旅客輸送システム(AGT)」とも呼ばれます。




















