■富も名声も持たぬ男の焦り…権力維持のために選んだ「カネの追求」という劇薬

 ラウス会長の時代まではFIFAや各国協会の幹部は中産階級や上流階級の紳士たちで、職業としてではなくサッカー界を運営するための奉仕だった。FIFAやFAが収益を増やそう、金を儲けようなどと誰も考えなかった。

 だが、1974年の会長選挙でラウス会長を破って就任したジョアン・アベランジェ(ブラジル)は、以後24年間に渡ってサッカーの商業化を推進した。アベランジェは元五輪選手(水球)であり、運送業を営むブラジルの大富豪だった。そして、FIFA会長就任前からブラジル・スポーツ連盟(CBD=現在のブラジル・サッカー連盟=CBF)会長やIOC(国際五輪委員会)委員を務める南米のスポーツ界の“大ボス”だった。

 つまり、FIFA会長就任以前からアベランジェは富と名声(および悪名)を得ていたのだ。

 1998年にアベランジェの後任となったゼップ・ブラッター(スイス)は1975年からアベランジェの下でFIFAで働き、長く事務局長として辣腕を振るっていた。つまり、会長就任よりずっと前からFIFA内で権力を握っていたのである。

 そうした大物たちに対して2016年に会長に就任したインファンティーノは無名の人物だったし、FIFA内での影響力も大きくなかった。UEFAが当初会長候補に推したプラティニは1980年代の世界のスーパースターだったが、インファンティーノには選手経験もない。

 こうして、「たなぼた式」でFIFA会長に就任したインファンティーノとしては、大物ぞろいの歴代会長と並んで歴史に名を残すためにも、またFIFA内で実権を握って権力の座を手放さないためにも、早急に実績を残す必要があった。

つづく

 

(3)へ続く
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