■プラティニの“身代わり”から頂点へ…歴代の大物会長たちとの決定的な違い

 では、インファンティーノ会長はなぜそこまで収益増にこだわるのだろうか? そして、そもそもインファンティーノ会長とはどのような人物なのだろうか?

 2つの疑問はつながっている。

 インファンティーノ氏は2016年にブラッター前会長氏が汚職に関与したとして活動停止処分を受けたため、その後任として会長に選出された。後任を決める選挙には当初UEFAのミシェル・プラティニ会長が出馬する予定だったが、プラティニ会長自身も汚職に関与したとされたため、急きょUEFA事務局長だったインファンティーノが担ぎ出されたのだ。

 だが、UEFAはプラティニの活動停止が解除されれば、再びプラティニを推す意向だったという。つまり、インファンティーノ氏はあくまでもプラティニの代理だったのだ。

 インファンティーノはFIFA会長に就任するまでほとんど無名だった。UEFA幹部ではあったものの、あくまでも「有能な実務者」でしかなかった。

 歴代のFIFA会長は“大物”ばかりだった。

 1921年から33年間も会長を務めたジュール・リメ(フランス)は、レッドスターFC(パリ)の創設者であり、またFIFA創立に関わり、1919年にはフランス・サッカー連盟(FFF)会長となり、FIFA会長としては世界選手権(現在のワールドカップ)開催のために尽力した。まさに、FIFAとは切っても切れない関係だった。

 1961年から13年間会長職にあったサー・スタンリー・ラウス(イングランド)は教師であり、審判員として尊敬を集め、ルール改正にも関わった人物だった。ラインズマン(副審)がタッチラインの半分ずつを担当し、レフェリー(主審)がピッチの対角線上に走ることで1つのプレーを主審と副審が見るという「対角線審判法」を発案したことでも有名だ(最近、次々とルールが改正されるが「対角線審判法」は現在も使われている)。

  1. 1
  2. 2
  3. 3