大住良之の「この世界のコーナーエリアから」第192回「テレビとサッカー世界編」(2) 巨大スポンサーの時代から放映権料6500億円の現在へ、すべてはアーセナルの紅白戦から始まった!の画像
北中米W杯でFIFAが得た放映権料は6500億円に上る。撮影/原壮史(Sony α1使用)

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回のテーマは「現代サッカーの支配者」世界編だ。
 今やワールドカップの放映権料は1大会で6500億円にも及ぶ。だがかつて、放映権は「オマケ」に過ぎず、巨大スポンサーの看板こそが主役だった。サッカービジネスが激変した1980年代の裏側に迫る。

■放映権は「オマケ」。W杯の主役が巨大スポンサーだった時代

 ワールドカップの放映権料は、ある時期まで驚くほど安かった。信じ難いことだろうが、1978年のアルゼンチン大会までは、ワールドカップの放映権は開催国の組織委員会が保持し、世界各国の放送局に販売していた。そしてその後は、主催の国際サッカー連盟(FIFA)がスポンサー獲得のためにテレビ中継を使った。

 1982年大会は、ワールドカップ史がいわば「神話時代」から「サッカービジネス時代」へと急変した大会だった。財政構造が大きく変わったのだ。

 放映権は、地元組織委員会ではなく、FIFA自体が管理し、当時世界的な広告代理店に成長していた電通と組んで販売する方針に改められた。ただ当初は、その放映権収入は「副次的」なものだった。FIFAの最大のターゲットは、巨大スポンサーの獲得だった。「1社30億円」という「巨額」で公式スポンサーを集め、それを大会収益の柱としたのである。1982年スペイン大会では9社と契約を結び、それまで入場券収入に頼っていた大会の財政構造を一変させた。

 スポンサーは両ゴール裏やバックスタンド側タッチライン外に「広告看板」の設置を許され、それがスーパースターたちのプレーと同時にテレビに映ることを期待した。その期待に応えるために、FIFAは「インターナショナル・コンソーシアム(ITC)」と名づけられた世界の公共放送連合と放映権契約を結んだ。日本で言えばNHKのような、原則としてCMのないテレビ局である。その公共放送に、自社の名前が1試合を通じて出続けるのだから、その魅力は世界の大企業を引きつけた。

 ちなみに、1982大会でワールドカップの公式スポンサーとなったのは、日本4社(富士フイルム、JVC、キヤノン、セイコー)、アメリカ3社(コカ・コーラ、ジレット、RJレイノルズ)、そしてイタリア(イベコ)、ギリシャ(メタクサ)が各1社である。「RJレイノルズ」はタバコ会社、「イベコ」はトラックやバスなど産業用車両のメーカー、そして「メタクサ」はスピリッツ(ブランデー)のメーカーだった。

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