■仏語は“独学”。異端のサッカージャーナリスト誕生秘話
実は、その半田さんと田村さんが中学の同級生だったのです。
半田さんはサッカー部でした。たぶん、小柄だがすばしっこいFWだったんじゃないかと、僕は勝手に想像しています。一方、田村さんは剣道部だったのですが、大のサッカー観戦好きで、当時からお二人は仲が良かったようです。
で、田村さんは早稲田大学に進学。フランス経済を専攻するためにフランス語の勉強を始めたのです。彼はサッカー界きっての“フランス語使い”で『レキップ』紙や『フランス・フットボール』誌で仕事をし、フィリップ・トルシエともイビチャ・オシムともフランス語でやり取りしていましたが、フランス育ちとかではなく、フランス語は大学生になってから勉強したものでした。
で、編集者になった半田さんは1980年代には、当時、大ブームだったF1雑誌の仕事をしていたのですが、ある時、フランス語の原稿が来たので「誰か翻訳できる人はいないか?」と思って田村さんのことを思い出して仕事を依頼したのだそうです。
そして、それが田村さんが文筆業に入るきっかけとなったのでした。




































