北中米ワールドカップ(W杯)のラウンド32で王国ブラジルに屈し、惜しくも大会を去ることとなったサッカー日本代表が現地時間6月30日、テキサス州ヒューストンで解散式を行った。激闘の熱気と敗退の悔しさが入り交じる中、無念の負傷離脱を強いられたMF久保建英が『DAZN』のインタビューに応じ、現在の率直な胸の内を語った。
自身2度目となるW杯。グループステージ初戦のオランダ戦にスタメン出場し、キレのある動きで攻撃を牽引していた久保だったが、後半途中に相手DFデンゼル・ダンフリースの激しいプレスを受けて左膝を負傷。無念の途中交代となり、その後は懸命な治療とリハビリに時間を費やしてきた。
復帰時期はラウンド16での戦いが照準と言われていたが、無情にもその前のラウンド32でチームは力尽きた。ブラジルとの死闘をベンチから見守るしかなかった久保は「本当に応援する、祈るだけの立場だった」と歯がゆさを滲ませながらも、一時は1-0でリードを奪ったチームの戦いぶりを「これ以上ない出来だった。感動もしましたし、本当に“ありがとう”という気持ちであふれていた」と手放しで称賛。
無念の逆転負けとなった試合運びを悔やみつつも、「僕自身としては今まで見てきて、あんなに誇りに思える試合はなかった。ピッチに出ている選手たちは(敗戦に)反省していましたけど、僕は本当に誇らしかったです」と、死力を尽くした仲間たちへ最大限の敬意を表した。
さらに久保は、今回のW杯全体を冷静に振り返る。
「間違いなく4年前よりも強いチームになっていたし、団結力もあった。ただ結果は負けてしまって、世界との距離は縮まったように見えて、まだまだ遠いのかなという感じもしました。でも、選手の寿命は長くなっているので、また4年後に向けて、出たくないと思っている選手は一人もいないと思う。今度は今回来られなかった選手も含めて、みんながコンディションを整えてまた頑張りたい」と、早くも次回2030年W杯へと鋭い視線を向けた。
そして最後には、自身の10代の頃の原体験を重ね合わせながら、「日本代表という狭き門を、ぜひこじ開けてほしいと思います」と、テレビの前でW杯を見つめていた未来の日本代表を担う子どもたちへ、温かく力強いエールを送った。




























