後藤健生の「蹴球放浪記」第322回「LAXはW杯観戦には欠かせないハブ空港」の巻(2)マラドーナ「神の手」の熱狂と「謎の腹痛」、過酷な長旅の教訓の画像
1998年CONCACAFゴールドカップのADカード。提供/後藤健生

 蹴球放浪家・後藤健生がワールドカップ取材のために現地に入った。新たな放浪の始まりだ。北米での冒険は、これが初めてではない。その際に重要なのが、今も変わらず「LAX」なのだという。

■メキシコW杯も堪能

 次に、LAXを経由してワールドカップ観戦に向かったのは、1986年メキシコ大会の時でした。

 当時、僕はサポーター団体「日本サッカー狂会」の幹事をしていて、前回のスペイン大会に続いて狂会ツアーを企画していましたからツアーコンダクターを兼ねて10数人の仲間を率いてメキシコに向かったのです。各誌でオランダ代表について健筆をふるっている中田徹氏(当時20歳)も、ツアーのメンバーの一人でした。

 メキシコではワールドカップを堪能しました。

 優勝したのは全盛期のディエゴ・アルマンド・マラドーナ率いるアルゼンチンでしたが、ミシェル・プラティニのフランスやジーコのブラジルなど脇役も豪華な大会で、ワールドカップ史上最も面白い大会の一つでした(もう一つは、1970年に同じくメキシコで開催され、ペレが3度目の優勝を決めた大会)。

 グアダラハラのハリスコ・スタジアムでは準々決勝のフランス対ブラジルという、僕のサッカー観戦人生の中で最高の試合を観戦できましたし、もちろんアステカ・スタジアムではマラドーナの「神の手」と「5人抜き」を目の前で見ることができました。

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