■観客数7万人への到達
NASLは1970年代に入って参加チーム数を持ち直し、定着期に入ろうとしていた。そのチャンスに、ロスは大きな投資をすることを決断する。それがペレの獲得だった。1974年のニューヨーク・コスモスは「北地区」4チームの最下位だったが、1975年はペレを含んで19人もの新戦力を補強、一挙にチャンピオンへの野心を示した。
そして翌年にはイタリア代表FWジョルジョ・キナリア、1977年には西ドイツ代表MFフランツ・ベッケンバウアーと、「ワールドクラス」を補強、メンバーの多くを欧州や南米の代表クラスが占めるようになる。そして1977年には念願のチャンピオンシップを獲得。ペレはこの年に「完全引退」となるが、翌1978年には1試合平均4万7856人という大観衆を集めるまでになる。
1977年のプレーオフ、「アトランティック・カンファレンス」の「北地区」優勝を決める「ニューヨーク・コスモス×フォートローダーデール・ストライカーズ」(コスモスのホーム、ニュージャージー州のジャイアンツ・スタジアムで開催)には、7万7691人というNASL記録の大観衆を集めた。












