■「ドバイって、どこだ?」
前に「放浪記」に書いたことがありますが、僕は東京新宿区の大久保育ちです。大久保は、今では多くの外国出身者が住んでいるので有名ですが、僕が子どもの頃にも留学生がたくさん住んでいる街でした。しかし、大半は韓国人か東南アジア人で、中東のアラブ人やペルシャ人はあまり見かけませんでした。
唯一、子どもの頃に「イスラム」を体験したのは渋谷区にあるモスクでした。小田急電鉄の代々木上原駅のそばにあるトルコ式のモスクです(東京ジャーミイ=現在の建物は2000年に完成)。
僕の家の墓は神奈川県の藤沢市にあったので、墓参りに行くときに小田急線の中からこのモスクが見えました。すると、祖父が「あれはフイフイ教のお寺だ」と教えてくれました。
「フイフイ教」というのは漢字では「回回教」と書きます。
イスラム教徒の中国人を「回(フイ)族」というので、「回族」の宗教=「フイフイ教」というわけです。明治生まれの祖父はイスラムのことを「フイフイ教」として認識していましたが、差別意識があったわけではなく、イスラムのことをけっこう好意的に話していました。
とにかく、中東は僕にとっても、多くの日本人にとっても遠い存在でした。
ところが、1973年に中東から相次いでビッグニュースが飛びこんできたのです。
まず、この年の7月に起こったのは日航機ハイジャック事件でした。
イスラエルと戦っていた(今でも戦っている)パレスチナを支持する日本赤軍やパレスチナ解放人民戦線(PFLP)のメンバーが、パリ発東京行きの日本航空のボーイング747型機を乗っ取り、政治犯の釈放などを要求。ハイジャック機はドバイ国際空港に着陸しました。
日本人の最初の反応は「ドバイって、いったいどこだ?」というものでした。
今では、多くの人がドバイを知っています。ドバイ空港は世界的な巨大ハブ空港です。




















