■日本女子サッカーの「宿命」

 どうやら、日本の女子サッカーにとって、フィジカル面の差を埋めることは永遠の課題のようだ。

 1980年代から90年代にかけて、アジアでは中国が圧倒的な存在だった。

 女子アジアカップ(2003年大会までは「AFC女子選手権」)では、1986年の第6回大会から1999年の第12回大会まで、中国は7連覇を飾っている。また、中国は1999年には女子ワールドカップで決勝戦に進出し、開催国アメリカ相手にスコアレスドローに持ち込み、惜しくもPK戦で敗れて準優勝に終わっている。

 当時の日本にも木岡二葉や半田悦子、野田朱美、高倉麻子といった名選手がいたが、中国のフィジカル能力に対しては圧倒的な劣勢に置かれていた。1994年の広島アジア大会でも、日本は決勝で中国に0対2で敗れているが、当時は「中国相手に2点差なら大健闘」と感じたほどだった。

 なにしろ、当時の中国はワールドカップやオリンピックでメダル獲得が期待できる女子サッカーに力を入れており、他競技をやっていた身体能力の高い女子選手をサッカーに転向させて代表強化を図っているとも言われていた。

 一方、アメリカではサッカーは女子スポーツの中でも最も人気の高い競技なので、自然とアスリート能力の高い選手が集まってきている。

 日本では女子サッカーはそれほど競技人口が多くない。そうした状況の中で、アスリート能力の高い選手を育てていかなければならないのだ。

 いつの時代も、日本の女子選手たちは中国やアメリカ、北朝鮮のように高いフィジカル能力を持つ相手と戦うのが宿命のようである。

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