■まさかの活動ストップ

 だが、アメリカ国内ではまったく話題にもならなかった。時代は「大恐慌」の真っ最中。人びとは日々の暮らしに追われていた。サッカーは「エスニックのスポーツ」に過ぎず、「ワールドカップ3位」は何の熱狂も生まなかった。そしてスコットランドやイングランドの「元プロ」が舞台から去ると、代表チームも弱体化した。

 1934年の第2回ワールドカップ(イタリア)には、大会の開幕直前にローマで行われたメキシコとのプレーオフを4-2で乗り切って出場権を得たが、1回戦でイタリアに1-7の大敗を喫し、大会を終えた。イタリアはアルゼンチンから3人を帰化させて代表に加えて強化をしており、中盤には4年前にアメリカを6-1で下したときのアルゼンチンの中心選手モンティがいた。

 そしてアメリカのサッカーは「冬」の時代に入る。USFAは1947年まで国際大会にまったくエントリーせず、アメリカ代表の活動は実に13年間もストップしたのである。

(4)へ続く
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