■3位の実力を示した帰り道
当時のアメリカ代表は、4人のスコットランド出身と1人のイングランド出身の元プロ選手がいる「強豪」だった。アメリカはスコットランド出身のバート・マギーの2得点でベルギーを3-0で下し、フォールリバー出身のバート・パテナウデのハットトリックによりパラグアイを3-0で下して準決勝進出を果たした。
準決勝で当たったアルゼンチンは、ウルグアイと並ぶ優勝候補の筆頭であり、MFルイス・モンティ、FWギジェルモ・スタビレという最高クラスの選手を持っていた。大柄な守備陣を並べたアメリカは前半こそ1失点に抑えていたが、GKジェームズ・ダグラスがひざを痛め、前半10分には守備の中心であるMFラファエル・トレイシーが足を痛めて右ウイングにポジションを変えてプレーを続けたが、ハーフタイムに骨折であったことが判明、アメリカは後半45分間を10人で戦うことになる。当時のサッカーに交代はない。後半、アメリカは次々と失点、0-6で迎えた終了直前にFWジェームズ・ブラウンが1点を返すにとどまった。
この大会では3位決定戦は行われず、アメリカの最終成績はユーゴスラビアとともに3位となった。大会の帰途、アメリカ代表はリオデジャネイロに立ち寄ってブラジル代表と親善試合を行い、3-4の接戦を演じている。ワールドカップでの「3位」はけっして偶然ではなく、実力によるものだったことがわかる。









