■英国仕込みの「ドリブル中心のフットボール」

 アメリカのサッカーは、意外なほどに早くスタートを切っている。英国からの移民が多かったことから、17世紀には英国で行われていた中世からの「フットボール」が行われていた。そしてイングランドでフットボールの統一ルールをつくろうという動きが本格化した19世紀の半ばには、後のサッカーにつながる「丸いボール」で「ドリブル中心」のゲームが大学を中心に盛んにプレーされていたのである。

 ロンドンで「フットボール・アソシエーション(FA)」が結成され、サッカーの最初のルールが書かれたのは1863年のことだったが、その前年、1862年には、「ドリブル中心のフットボール」をする「オネイダFC」がボストンに誕生している。イングランドで同じようなクラブが誕生したのは1859年のことで、そのわずか3年後だった。そして「オネイダFC」は、イングランドの外では初めての「ドリブル中心のフットボール」のクラブだった。同じようなクラブがスコットランドに誕生するのが1867年であることを考えれば、当時のアメリカ、なかでも東海岸がいかにイングランドに「近かった」かが理解できるだろう。

 この時期、アメリカで「フットボール」をプレーしていたのは主として東部の名門大学の学生たちであり、その大半は、英国生まれか、あるいは英国からの移民の子弟だった。折からの南北戦争(1861~65年)の影響もあり、大学外にはあまり広まらなかった。「オネイダFC」は、ボストンのエリート予備校の卒業生(すなわち大学生)によってつくられたクラブだった。

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