■改修前最後の試合での悲劇
1923年に完成以来、改修を重ねながらも元の形を保っていた「ウェンブリー」を建て直すことが決まったのは、1990年代のなかばだった。当時のウェンブリーは屋根を支える支柱が観客席の中に立っており、いかにも「クラシック」なスタジアムだった。安全面、他用途への展開も考え、改修ではなく、全面的に新しいものとすることにしたのだ。
2000年10月7日、最後の試合は、「イングランド×ドイツ」だった。同じグループに入ってしまった2002年ワールドカップの欧州予選の試合である。しかしそれ以上に、イングランドの人々にとっては、このスタジアムで生まれたイングランド代表の栄光に満ちた日、1966年ワールドカップの決勝戦の「再戦」だった。1966年7月30日、イングランドは延長の末4-2で西ドイツを下し、念願のワールドカップ初優勝を飾ったのだ。
その試合にあやかろうとしたのか、2000年10月7日、イングランドは通常の白いユニフォームではなく、1966年の決勝で着用した赤のユニフォームでピッチに立った。しかし後半に主導権を握って攻め込んだものの、前半の1失点を取り戻すことはできず、0-1の敗戦に終わった。しかしイングランドにとってはこの予選の初戦。内容からいっても悲観する必要はなかった。
雨のなか、7万6377人のファンが集まっていた。彼らは、重要なワールドカップ予選の初戦で敗れたというショックよりも、「ウェンブリーがこれで終わる」ことに心をとらえられているようだった。敗戦にもかかわらず、試合終了とともに大きな拍手が起こったのはそのためだった。
しかしイングランド代表監督ケビン・キーガンは、その歴史的な試合に敗れた重圧に押しつぶされた。試合の数時間後、彼は「この大きな仕事に対し、私には十分な能力がないと思う」と、辞任してしまったのである。
つづく


















