3月末、森保一監督率いる日本代表が、サッカーの母国が誇る2つの「聖地」に足を踏み入れる。欧州勢とのアウェー戦が極めて困難な現代において、スコットランド(ハムデン・パーク)とイングランド(ウェンブリー・スタジアム)との連戦は、日本サッカー史に残る破格のビッグマッチだ。 実はこの2大スタジアムは、過去の日本代表にも数々のドラマをもたらした因縁の地でもある。ロンドン五輪におけるハムデンでの歓喜。カズとゴンが躍動も、まさかの結末を迎えた旧ウェンブリーでの死闘。そして、男女ともに躍進した新ウェンブリーの熱狂――。 サッカージャーナリスト・大住良之が、歴史的な連戦を目前に控え、スタジアムの知られざるディテールと、日本代表が刻んできた「聖地での記憶」を全5回にわたってマニアックにひも解く。
■札止め御礼15万人
完成すると、間もなく「ハムデン」はスコットランドの主要スタジアムとなり、カップ決勝戦の会場になるとともに、スコットランド代表のホームともなった。クイーンズパークFCは相変わらずアマチュアで、1920年代には2部に降格したが、「ハムデン」はスコットランドのナショナル・スタジアムの地位を不動のものとし、クラブは観客席を増設するなど施設の充実をはかった。
1906年の「スコットランド×イングランド」では10万2741人という入場者を記録し、この時点で世界最大となったが、1912年には同じカードでは12万7307人という「世界記録」も樹立した。1937年には理論的には18万3388人を収容できる規模となったが、事故を懸念したスコットランド・サッカー協会は4月17日のイングランド戦のチケットを15万枚しか発行せず、最終的に記録された入場者数は14万9415人だった。
クラブチームの試合としては、その1週間後に開催されたカップ決勝、「セルティック×アバディーン」の14万7365人が、最多入場者数記録である。
1960年の欧州チャンピオズカップ(現在のUEFAチャンピオンズリーグ)決勝「レアル・マドリード×アイントラハト・フランクフルト」を皮切りに、数々の欧州レベルの決勝戦でも使用されるようになり、ハムデンは「欧州の名スタジアム」の名をほしいままにする。
1990年代には大きな改修工事を行い、立ち見席をなくして収容数は大幅に減少する。現在の収容数は5万1866人。セルティック・パーク(収容6万411人)やレンジャーズ所有のアイブロックス(5万1700人)と比較して大きいわけではないが、「スコットランドのナショナル・スタジアム」の地位は揺らいでいない。
そして2018年、スコットランド協会はクイーンズパークFCから「ハムデン」を買い取ることを決定する。現在、協会事務局とリーグ事務局はこのスタジアム内にある。そしてクイーンズパークFCは「ハムデン」の西隣に位置するリザーブチームやユースチームの試合場であった「レッサー・ハムデン」を改修し、ホームスタジアムとして使うことになった。




























