■開催国優勝の狂騒と、その直後に勃発したキプロス内戦

 さらに、「スペインの独裁者フランシスコ・フランコ総統が重体」というニュースも飛び込んできました。1930年代の内戦で左派に勝利して以来、スペインに君臨していた独裁者です。ちなみに、スペインはアルゼンチンの次、1982年のワールドカップ開催国でした。

 フランコはこのときは命を取り留めましたが、翌1975年11月に死去。自らが後継者に指名していたフアン・カルロス皇太子が国王として即位しますが、国王フアン・カルロス1世はスペインの民主化を推し進めることになりました。

 さて、西ドイツ・ワールドカップはミュンヘンでの決勝戦でフランツ・ベッケンバウアーの西ドイツがヨハン・クライフのオランダを破って優勝。開催国の優勝、しかも西ドイツ代表の主力はバイエルン・ミュンヘンの選手たちでしたから、決勝が終わった夜のミュンヘンは大いに盛り上がりました。

 7月7日の決勝戦が終わってから、僕はバイエルン州内を旅行し、オーストリアに向かおうとしていました(ゲルト・ミュラーの故郷、ネルトリンゲンも訪れました)。

 そんなときにキプロスで内戦が勃発したのです。

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