蹴球放浪家・後藤健生の旅に、危険はつきものだ。これまで、サッカーやスポーツの世界に、政治にまつわる影が落とされることがあった。そうした悲劇は繰り返されるのか。今夏の世界最大のスポーツイベント、ワールドカップを前に不安は募る。
■ミュンヘン五輪のテロ事件と西ドイツW杯中の国家元首の死
1960年代後半、アメリカはベトナム戦争の泥沼化に苦しんでおり、人種差別問題も表面化。陸上競技などに出場したアメリカの黒人選手たちが人種差別に反対してオリンピックの表彰台の上で黒い手袋をした拳を掲げるという事件が起こりました。
さらに、1972年のミュンヘン・オリンピックではパレスチナ・ゲリラ「黒い9月」が選手村に突入してイスラエル選手団を人質に取って立て籠り、銃撃戦の末にイスラエルの選手やコーチ11人が殺害されるという大事件が起こりました。
そんなわけで、「ワールドカップでも何か起こるかな?」と思って、僕は西ドイツに向かったのです。
起こったのは、遠い国の出来事ばかりでした。
まず、大会期間中の7月1日にはアルゼンチンのフアン・ペロン大統領が心臓発作を起こして亡くなりました。左派ポピュリストのペロンは1946年に大統領になりましたが、1955年に失脚してスペインに亡命しました(カリスマ的人気を誇ったエビータは、ペロンの最初の妻でした)。しかし、1973年の総選挙でペロン党が勝利。ペロンは18年ぶりに帰国して大統領に返り咲いたばかりでした。
1970年代のアルゼンチンはペロン時代の経済的な失敗のせいで、かつて経済的に繁栄した時代は遠い過去のものとなっていましたが、サッカーの世界では強国の一つ。4年後のワールドカップの開催国でもありました。
西ドイツの各スタジアムにはペロンを悼んで半旗が掲げられました。










